スリランカってどんな国?

正式 国名

スリランカ民主社会主義共和国Democratic Socialist Republic of Sri Lanka

面積

65,525平方キロメーター

位置

インド洋に浮かぶ、インド南東側、赤道の北880キロ

首都

スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ

経済首都

コロンボ

国旗

国歌

スリランカ・マータ(母なるスリランカ)

国花

人口

約2100万人

平均寿命

74歳(女性)、64歳(男性)

識字率

91.8%

言語

シンハラ語、タミル語、英語

民族

バーガー(オランダ・ポルトガル系移民)1%

宗教

仏教70%、ヒンディー16%、キリスト教7%、イスラーム7%0

気候

低地: 熱帯気候、平均気温27度(通年) 丘陵地帯: 気温は14度まで下がることもある 5月~7月南西モンスーン: スリランカの西部と中部に雨をもたらす 12月~1月北東モンスーン: スリランカの東部に雨をもたらす

GNP

US$870

産業

ゴム、紅茶、ココナッツといった農産業を中心に、 衣類、セメント、たばこ他

通貨

10ルピー、20ルピー、50ルピー、100ルピー、200ルピー、500ルピー、1,000ルピー、2,000ルピーと 紙幣が出回っている。 その他、1ルピー、2ルピー、5ルピー、10ルピーの貨幣がある。

VISA(ビザ)

スリランカの空港にて30日間の観光ビザが無料で発行される [延長希望者は出発前にお問い合わせください]。

ワーキング・アワー

月曜から金曜、朝9時から17時まで

銀行営業時間

月曜から土曜、朝9時から13時または15時まで(銀行による)

郵便局営業時間

土曜日は朝8時半から13時まで コロンボの中央郵便局は24時間営業


スリランカ民主社会主義共和国(スリランカみんしゅしゃかいしゅぎきょうわこく)、通称スリランカ(シュリー・ラン カー)は、南アジアのインド半島の南東にポーク海峡を隔てて位置する共和制国家。首都はスリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ(シュリー・ ジャヤワルダナプラ・コーッテ)。

1948 年2月4日にイギリスから自治領のセイロンとして独立し、1972年に スリランカ共和国に改称して、英連邦加盟国となり、1978年から現在の国名となった。人口は約2022万(2006年)である。島国で、 現在もこの国の位置する島をセイロン島と呼ぶ。国名をスリランカに改称したシリマヴォ・バンダラナイケ(正式名:バンダーラナーヤカ)は世界初の女性首相である。また、国 民の7割が仏教徒(上座部仏教)である。

国名 [編集]

日本語の表記はスリランカ民主社会主義共和国。通称はスリランカ。漢語ではセイロン島を錫蘭とも書き、略語は「錫」で ある。仏典では、人口の多数を占めるシンハラ人にちなんで、島名をシンハ・ドヴィーパ(ライオンの島。獅子の島)といったことから、「師子国」とも記され ている。『ラーマーヤナ』に登場する魔王のラーヴァナ(Ravana)が住まいするランカー島は、現在のスリランカを意味するという説が有力とされてきた が、定説ではない。

スリランカはシンハラ語で、正確にはシュリー・ランカー、「聖なる」「光輝く」という意味である。

地方行政区分 [編集]

詳 細は「スリランカの州」を参照

スリランカの州

スリランカの国土は9つの州に分かれる。カッコ内は、州都。

  • 中部州(キャンディ)
  • 北中部州(アヌラーダプラ)
  • 北部州(ジャフナ)
  • 東部州(トリンコマリー)
  • 北西部州(クルネーガラ)
  • 南部州(ゴール)
  • バ州(バドゥッラ)
  • サバラガムワ州(ラトゥナプラ)
  • 西部州(コロンボ)

地理 [編集]

セイロン島はインド洋にあり、ベンガル湾の南西、アラビア海の南東に位置する。インド亜大陸とはマンナール湾とポーク海峡が隔てる。ヒンドゥー教の 神話ではインドとはラマと呼ばれる橋で結ばれていた。アダム橋と呼ばれる所々海面に顔を出す石灰岩礁が連なり、その昔完全な天然の陸橋であったが、 1480年の嵐で壊れたとのことである。海峡は狭く、インドからスリランカ海岸を望める。大型船舶には浅すぎるため島を迂回せざるを得ず、最初1860年 に英政府が検討して以来、何度も運河の建設が検討されてきた。島の北部は平坦地が続き、南部に向かうにつれて山地が多くなる。大きく分けると三分される。 第一は中央部から南部にかけての山岳・高原地帯で、最高峰はピドゥルタラーガラ山(2,524m)で、アダムズ・ピークも含めて、2000メートル級の山 々が連なり、山麓に1000m前後の高原が広がる。第二は標高300から900mの高原ベルト地帯で、山岳地帯の周辺部である。第三は海岸沿いの平地で、 南西部では狭く、北部から東部にかけては平坦な土地が広がる。雨量の多い南部の中央高地から河川が放射状に流れ出し、最長の川はマハウェリ・ガンガ (Mahavalli Ganga,全長335㎞)で、北東に流れてベンガル湾に注ぎ、海岸部に広い沖積平野を形成する。北部のジャフナ半島は平坦地が続き、井戸水を利用して、 地下水灌漑による農耕を行なっている。

気候 [編集]

気候は熱帯性であり高温多湿で、海岸部・低地では年平均気温27~28 °Cであるが、高地の気候は冷涼である。ヌワラエリア(標高約1890m)では年平均気温22度 °Cと一 年中常春のような気候である。気候の特色はモンスーンの影響が強いことで、年二回の季節風である南西モンスーンと北東モンスーンに伴い、季節に応じて降雨量 が変化する。5月~9月にかけての南西モンスーンの時期はヤラ期(yala)と呼ばれ、風が山岳地帯に遮られて島の南西部に多量の雨をもたらす。特に 5~6月は大雨で、7~9月はやや減少する。ヤラ期には、北部から北東部は風下になり乾燥する。10月から12月は無風状態となって気団の影響で天候は不 安定になり、全島で雨の多い日々が続く。11月~3月にかけての北東モンスーンの時期は、北東部を中心に1月までは雨が多い。この頃、南西部は1年で最も 雨の少ない時期になる。3~4月は無風状態に入り、やや雨が増加する。国土の全体は、年間降雨量75インチ(1875ミリ)を基準として、乾燥地帯 (dry zone)と湿潤地帯(wet zone)に大別され、乾燥地帯は北部から中部にかけてで国土の7割を占める。南部の湿潤地帯には総人口の3~4割が居住し、人口密度も高い。湿潤地帯で は2回の雨季を利用して二期作が可能であるのに対して、乾燥地帯は1年に1回の雨季であるマハ期を主体に農業が営まれる。北部では大規模な溜池灌漑が展開 し、用水と排水を分離せずに、灌漑水の反復利用率を高めることを目標とした「貯水システム」が確立していた。アヌラーダプラやポロンナルワを中心に展開し た古代の王国の基盤には権力による水系の管理体制があり、王都は水系の結節点にあり、仏教を精神の支柱とし、寺院が水利施設を統御することで高度の安定を 保ちえた。しかし、13世紀末以降、王国は北部を放棄して南部に王都を移す。その原因は、侵入者による灌漑設備の破壊、気候の変化、土壌の劣化、病虫害、 マラリヤの蔓延、過剰開発など様々の理由が挙げられている。

経済 [編集]

主要な産業は、農業と繊維産業である。主要な農作物として、米、茶、ココナッツ、天然ゴムなどが生産されている。近年工業化の進展と共に繊維産業が発達 し、衣料品が最大の輸出品目となっている。古くから「宝石の島」(ラトゥナ・ドヴィーパ)として知られ、ルビー、サファイアなどの産出で名高い。

2004年12月のスマトラ島沖地震による津波では3万人以上が死亡するなど、海岸部に大きな被害があり、ま た民族紛争の再燃もあって観光業などが悪影響を受けている。

農業 [編集]

水田稲作中心で、南部では天水農業、北部では溜池灌漑、ジャフナ半島では井戸水灌漑で栽培する。農耕の生産暦では南部では雨に合わせてヤラ期は4月 に播種、7~9月に刈り取る。マハ期は8月~10月にかけて播種し、2~3月に刈り取る。植民地時代のプランテーションの影響が残り、低地の標高200 メートル程度まではココナッツ、標高500メートルまではゴム、それ以上の標高では茶の生産が盛んである。茶 の生産量では世界第3位であり、セイロンティーと呼ばれ、名産品である。しかし、この茶栽培は、虫害によって壊滅的打撃を受けたコーヒー栽培の代替であったことはあまり知られていない。

軍事 [編集]

詳 細は「スリランカ軍」を参照

スリランカ軍はスリランカ陸軍、スリランカ海軍、スリランカ空軍の3つの組織で構成されている。志願制を採用しており兵役適齢は18歳から49歳まで、総兵力は予備役も含め て150,900人(2008年時点)。LTTE設立以後同組織との戦闘を繰り返してきた。保有兵器は旧ソ連製、中国製のものが大半を占めており、69式戦車やJ-7等旧式のものが多く、軍艦も哨戒艦等の小型艦船が主流で潜水艦や対潜哨戒機は保有していない。また、防空システムの構築も遅れており、2007年3月にLTTEが改造民間機を用 いた攻撃を行った際には、コロンボの北35kmの地点にあるカツナヤカ空軍基地への侵入を許し、爆撃を受け兵士3人が死亡し16人が負傷、軍用ヘリ数機が 損傷し、整備棟の一部が損壊する被害を受けている。

国民 [編集]

シンハラ人には敬虔な仏教徒が多く、五戒を守り、ポヤと呼ばれる満月や新月の日には仏教寺院に参拝する。慎み深く教養が深い人々が多い。小学校、中 学校は学費が無料で、識字率も高い。観光地化されて久しく、南西海岸は欧米からサーファーやヒッピーが集まるリゾート地になっている。しかし、1983年 以来の民族対立の激化により、観光客は減少した。

西部ビーチリゾートなどでは、10年ほど前のバリ島などと酷似したジゴロによる被害が多発している。女性サーファーやバックパッカーなどが、現地のサーファーに麻薬を勧められたり物をね だられたり、ベッドを共にするようなことが頻繁に起こっているようである。開放的で長期滞在している欧米人の真似をして現地の人と必要以上に親しくなる と、このような被害に遭うので注意が必要である。スリランカでは、麻薬の所持、使用は違法である。

民 族構成 [編集]

1981年の統計(1983年以降は民族対立の激化で正確な統計はとられていない)では、総人口1484万人で、シンハラ人は1098万人(74%)、タミル人は270万人(18%)、マラッカラ(ムー ア人)104万人(7%)、混血のバーガー人(Burghers)とユーラシアンが39000人、その他に含められる先住民のヴェッダ人などとなっていた。タミル人の内部も、古代以来の移住で形成されたスリランカ・タミル(1887000 人)と、19世紀半ばにイギリスが南インドからプランテーション経営のために労働者として連れてこられたインド・タミル(819000人)に分かれる。マ ラッカラ(ムーア)も9~10世紀頃に島に住み着いたアラブ系の人々を主体とするスリランカ・ムーアと、インドから移住してきたインド・ムーアに分かれ る。統計上では、マレーシアから傭兵として連れてこられたマレー人(47000人)が計上されている。ヴェッダ人は1981年の統計では消えて、その他の28000人に含められた。

言語 [編集]

シンハラ語とタミル語は国語にして公用語であり、連結語として英語も 憲法上認められている。日常的にはほとんどの国民がそれぞれの民族語(シンハラ人はシンハラ語、タミル人はタミル語)を使っているが、英語を母語にする人が国民の一割おり、英語話者はコロンボに集住している。バーガー人やユーラシアンと呼ばれ、スリランカ社会において指導的役 割を担っている。バーガー人はポルトガル人やオランダ人の男性と現地人との混血、ユーラシアンはイギリス人の男性と現地人との混血である。マラッカラ (ムーア)はタミル語を使用する。ヴェッダ人は独自の言語を持っていたとされるが、シンハラ人との同化が進み、話者は少数と見られる。

宗教 [編集]

仏教が70%、ヒンドゥー教が15%、キリスト教が8%、イスラム教が7%となっている。シンハラ人とタミル人の中にはキリスト教徒もいる。特にシンハラ人の漁民は、仏教 の不殺生戒を守ることが出来ないので、キリスト教に帰依しているものが多い。マラッカラ(ムーア)やマレー人はイスラーム教である。バーガー人やユーラシアンはキリスト教徒である。独立後の民族紛争、 1983年の大規模な民族対立以来、ヒンドゥー教徒のタミル人と仏教徒のシンハラ人の対立が深まっているとされるが、民族と宗教を結びつけて考える動きは 近代になって生み出された言説である。